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ノルマンディーの風

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アカントの死

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2015年はミヌー母さんに始まり、

別れの多い年だった。

ジャーマン・シェパードのアカントに、

異変を見つけたのはその年の春のこと。


いつも通り、撫でろと仰向けになるアカントのお腹をさすってあげていると、

乳首がひとつだけ異様に膨らんでいることに気が付いた。

すぐにファンファンに話し、獣医さんのところに連れて行ってもらうと、

診断は乳腺腫瘍とのことだった。


良性か悪性かは切ってみないと分からない。

もし悪性ならば、転移している可能性があるから、

もう片方も手術しなくてはいけない。

その費用はざっと見積もって1000€以上である。


とりあえず手術日を予約して帰って来たファンファンながら、

本当に手術すべきなのかを悩んだ。


アカントは10歳の老犬である。

現在、飼い犬の寿命が延びているとはいえ、

ジャーマン・シェパードの寿命は1012歳と言われている。

手術をすることで、老犬の体に対する負担はどのくらいのものなのだろう。

開いてみて悪性の癌だった場合、

さらに手術を繰り返さなくてはいけないことになる。


そもそも腫瘍や癌は老化現象のひとつである。

取り除いてうまく1,2年生き延びたとしても、

さらなる他の老化現象があることだろう。

その時には、さらに手術や治療をしなくてはならないのか。


もちろん、手術代が高額なこともある。

歴代、いろんな犬を飼っていたファンファンは、

今まで相当なる医療費を払ってきた。

手術した翌日にコリーを亡くした経験もある。

そんな最悪なケースにならなくとも、数年の命を延ばすために、

果たしてその高い手術代を払うべきなのだろうか?


そして、私たちが出した答えは、

「手術をしない」だった。


その後、今まで通り中庭からほとんど動かず、

寝てばかりの老犬生活を送っていたアカントながら、

夏が訪れるとともに、

突然若返ったかのように遠出を繰り返すようになった。


最初の遠出では、村の反対側の外れで、

ひとりでふらふら歩いているところを補導され、

まんまと保護施設まで連れて行かれた。


2番目の時は、

どこかへ行ったとしても夕方には帰って来るアカントながら、

日が暮れても姿を見せない。

と思ったら、翌朝にはちゃんと、

朝ごはんに間に合うように帰宅していてホッ。


3番目の遠出は長かった。

私たちがパリに出発する前に

アカントが中庭にいないことに気が付いたのだけれど、

家の周りを探しても見つからず、時間もなかったため、

仕方がなしにそのままパリへ。

数日後、ノルマンディーに戻って来ても、

アカントが帰って来ていない。

再び家の周りを探し回ると、

海の方向から帰って来るアカントにばったり遭遇!


痩せてやつれている様子はないし、

どっかで誰かからごはんをもらっていたのか、

それとも家に帰って来てごはんを食べてから再度放浪の旅に出たのか、

さっぱり分からないけれど、見るからに元気そのもの。


しかし、いつ帰って来るのかわからないアカントの放浪に、

こっちも何度も付き合ってはいられない。

それからは、いままで自由に動き回っていたアカントを、

中庭にある犬舎に長いひもで繋ぐことにした。


すると、その日を境に、

アカントは一切ごはんを食べなくなった。


朝と晩、私はごはんを持って犬舎に行くのだけれど、

アカントは匂いを嗅ぐだけでまったく口をつけない。

最初のうちは私の方に寄って来たりもしていたけれど、

その後は座ったまま、私が行ってもほとんど動かなくなった。


とはいえ、特に苦しがっている様子もない。

はあはあと荒く息をしているわけではないし、

だるそうに頭を下げているわけでも、

寝転がっているわけでもない。


まるで、静かに何かを待っているような、

それとも、ある時が来るのを知っているような、

そんな感じなのである。


そして、アカントがごはんを食べなくなってから約10日後、

8月5日にその日はやって来た。


時同じくして、

ファンファンのお父さんの容態がよくなかったため、

牧草地の向こう側にある実家に

ファンファンが泊まりに行っていた翌朝だった。


朝起きると、外は眩いばかりの快晴だった。

これから気温がぐんぐん上昇するだろうけれど、

まだ爽やかでこれ以上にないくらい、気持ちのいい夏の朝だった。

冷たく新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで元気よく外に出た私は、

いつものように犬舎にアカントのごはんを持って行った。


その途中で、アカントがいつもいる場所ではなく、

中庭の真ん中ら辺、芝生の上にいるのが目に入った。


それを見た瞬間、ああと分かった。


アカントを繋いでいた長いひもはピンと張っているわけではなく、

それでも死ぬ前に我が家から反対の方向へとふらりと歩き出したように、

ゆるく弧を描いていた。


その端でアカントが横たわっていた。


ぱっと見ると、ただ寝ているだけのようにも見える。

でもよく見れば完全に死んでいることが分かる。


そうか、死ってこういうものなのだと思った。


生きている時と何が決定的に違うのかと言えば、目なのだ。

ぽっかりと開いた黒い目は、深い深い空洞の入り口のようだった。

犬という入れ物が残っているだけで、

中にはもう、アカントはいないのだ。

その生気のなくなった目が見ていた方向は、

ファンファンの実家だった。


飼い主がその日は不在だと言うことを、

アカントは知っていたのだろう。

それとも家からなるべく離れようと思ったのだろうか。


アカントは10歳と6カ月だった。

手術をしたらもう少し生きられたのかもしれない。

でも、切り刻まれも、薬漬けにもならず、

ゆっくりと炎が小さくなってふっと消えたような、

その静かで老衰のような死に方は、

私には決して悪くない最後に思われる。


自分が死ぬことが分かっていたからこそ、

死ぬ前に放浪の旅に出かけたのかもしれない。

もしくは自分の死に場所を探し回っていたのかもしれない。


それでも、我が家に戻って来てくれたおかげで、

私たちはアカントの犬生に「死」という終止符がきちんと打てる。


その午後、ファンファンはサクランボの木の下に

ショベルカーを使って大きな穴を掘り、アカントを埋めた。


毎年春になれば、

頭上には満開のサクランボの花が見られることだろう。







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by yokosakamaki | 2019-01-31 00:51 | うちのジャーマンシェパード物語