ノルマンディーの風

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野生ということ

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            ずいぶん間が空いてしまいましたが、
            うちの山小屋に現れた小さなお客さんの話の続きです。

            あれから小リス君が、
            毎週うちの山小屋を訪れる常連客になり、
            1ヶ月ばかりが過ぎた頃、
            はたまた小さな事件が起きたのです。

            山小屋のテラスの柵の上を伝い、
            私の目の前を窓越しに平然と通り過ぎていくようになった小リス君。
            ある日、ふとテラスの上で立ち止まったかと思うと、
            バーベキュー用にテラスに置いてあった延長コードを、
            なんと、かじり始めた!
            
            思いもかけない話の成り行きに、唖然として見つめていると、
            コードの外側のビニール部分を幅10センチほど、
            歯型をつけてギザギザにかじり、
            ふと、飽きたのかそのままどこかへ行ってしまった。

            その後、帰ってきたFanFanにその話をすると、
            案の定、嫌な顔をした。
            「そのうち電線や電話線までかじられたら、大変だ!」
            それで、私はなんだか友達のいたずらを告げ口したような気になり、
            さらに嫌な気分に。

            しばらくして、思い出したように笑いながら、FanFanが聞いてきた。
            「それで、リスがコードをかじるのを、何もせずに見ていたんだ?」
            「だって、リスが悪いわけではないんだよ。
            人間が他人の物を壊したり、飼い猫がいたずらするのとは違うんだよ。
            コードの1本ぐらい、リスにくれてやれ」
            と言ったらFanFanは笑っていた。

            そうなのだ。あの時、私は考えていたのだ。
            どうしてこうも野生動物との話は、ワンパターンな展開に陥るのか、と。
            山から民家に野生動物がやってきたと言っては、
            庭を荒らされた、作物を食べられたという顛末になる。
            不思議の国のアリスのお茶会のように、
            仲良くお茶でも、なんて話は絶対にあり得ない。
            
            でも、それもこれも、人間が勝手に境界線を引き、
            ここは人間の土地、これは人間の物と、
            野生動物には断りもなく、ルールを決めたのがいけないのだ。
            たとえばこれが森の中のことで、木の枝をかじったとしても、
            誰も文句は言わないだろう。

            コードをかじったくらいならかわいいものだけれど、
            場合によっては最悪の事態に発展することもある。

            数年前、私は前の彼のバイクの後ろに乗り、
            ブルゴーニュ地方の森の中を走っていた。
            それは月明かりのない真っ暗な冬の夜で、
            その時何を考えていたのか覚えていないけれど、
            ふと、バイクを運転する彼の様子がおかしいことに気がついた。

            途端、左足の外側に何かが当たった感触があった。
            まるで道の真ん中にポールでも立っていたとでもいうように。

            もしかして、この人、居眠りしていたわけじゃないでしょうね?
            釈然としないまま、後ろに乗っていると、
            森を抜けたところにあるカフェの駐車場でバイクを止める前彼。
            「いや~、あぶなかった」とバイクを点検する彼に、
            ちょっと腹を立てながら何があったのか聞くと、
            「見てなかったの?もう少しで鹿と衝突するところだったんだよ」だって!

            突然、ライトに照らし出された鹿を見て、びっくりした彼は、
            へたにハンドルを切るよりも、とりあえずそのまま直進した方がいいと判断。
            突然、ライトをつけて迫ってくるバイクを見て、びっくりした鹿は、
            そのまま道を渡るよりも、向きを変えて元来た方向に戻る方がいいと判断。

            両者の適切なる判断で、鹿は私たちの左足に軽く接触しただけで、
            事なきを得たのでした。
            今思い出しても、そんな一生に一度、あるかないかの出来事を、
            まったく見ていなかったなんて!
            どうにも悔やまれて仕方がないのですけれど。

            でも、そんなことを言っていられるのも、
            もちろん大事に至らなかったから。 

            田舎を通る高速道路や国道では、
            動物の死骸が道路に転がっているのが日常茶飯時のフランス。
            私は田舎道で車の前を逃げ惑う野ウサギを見ては、
            ピーターラビットの世界が本当にあるのだとつくづく思った。

            運悪く人間の土地に足を踏み入れてしまった動物も可哀想だけれど、
            さらに運悪く、事故にまで発展してしまったら人間だって大変だ。
            熊と人間が出会ってびっくり仰天、
            お互いに悲しい思いをするのもよくある話。

            そうだ、林の中で私が大声で宣伝しなくてはいけなかったのは、
            こうなのだ。
            「こっちに出てきてはいけませんよ!人間と出会うとろくなことはありません。
            林や森の奥奥に潜んで、末永く平和に暮らしてくださ~い!!」
            ということなのだ。
            寂しいけれど、それがお互いのためというもの。

            その“コードかみつき事件”から、一度姿を見せたきり、
            まったくやって来なくなった小リス君。
            お互いに本当に嫌な思いをする前に、
            こうなってやっぱりよかったのかも。
            リスが跳ねなくなり、静けさの戻った庭を眺めては、
            自分に言い聞かせた。

            そして、ほぼ半年後。

            朝、夕の冷え込みがぐっと感じられるようになった秋の終わり、
            山小屋の屋根の上を誰かが走り回る音がする。
            いつものように、山小屋に住む鳩のつがいが追いかけっこをしているのだろう、
            と頭の上の足音に耳を傾けていると、
            屋根から柱を伝わってひょっこり顔を出したのは、
            懐かしいあの小リス君!

            思わず、「あんたどこに行っていたのよ!」と話しかけながら、
            やっぱり再会できるのはうれしいものです。
            さて、これからどうなることやら、
            非常に不安ではありますが。

            今、フランスは狩猟の季節。
            山小屋の周りでも銃声の音が響いています。

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by yokosakamaki | 2011-10-31 21:33 | うちの山小屋

魚介を買いに港へ

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            田舎で暮らす醍醐味といえば、
            自然がいっぱい!ということもあるけれど、
            なんといっても新鮮な食材を、
            簡単に安く手に入れることができるということでしょう。

            もちろん今や便利な世の中なわけで、
            都会暮らしでも新鮮な食材を簡単に手に入れることはできます。
            でも安いかといえば、なかなかそうはいかない。

            私が以前住んでいたヴェルサイユは、
            新鮮な魚介で好評な市場があったのだけれど、
            長年住んでいて利用したのは数えられるほど。

            キログラムいくらで書かれた値札に、
            適当に切り身を切ってもらうと、
            請求されて心臓がきゅっと縮み上がる思いをしたものです。

            たとえそれが新鮮であったとしても、
            魚ごときにこの値段?という罪悪感を感じては、
            おいしさだって半減。
            
            つくづく思うのだけれど、フランスって(特にパリ)、
            食材の値段にかなり開きがある気がする。
            ある程度お金を出さないと、
            新鮮でおいしいものは手に入らない。
            野菜も肉も値段の差は、まさに味の差。これって格差社会だよね。
            特に魚介は、肉ほど日常的に食べないお国柄だから、
            なんといっても高い!
            私はすっかり肉食人種と化していました。

            と、そこでやって来た海辺のノルマンディー。
            こうなったら、いままでの魚介欠乏を一気に補うしかないでしょう!


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            「魚介を買いに行くぞ!」と、港に向かうと思ったら、
            最初に連れて来られたのは、なんと個人宅。
            自らが獲ってきた魚介を、
            漁師さんが自分の家で売ってくれるというわけです。

            海岸から200~300mくらい?入った住宅街にあり、
            家の駐車スペースには、ごくフツーに漁船が停まっていて、
            思わずにんまり。
            まるで車に乗って出かけてくるわ、と言う感じで、
            船に乗って魚介でも捕ってくるわ、
            というノリがすばらしいではないですか!
            
            家の半地下部分の、本来ならばガレージとでもなるスペースに、
            生簀があり、中ではカニやエビ、オマールたちがうごめいている。
            ここの漁師さんは魚介専門で、
            毎朝海に出て捕って来たものを売ってくれるのだそう。
            したがってその新鮮さは見てのごとく。
            カニは食われてたまるか、と私たちを睨みつけるぐらい威勢がいいし、
            エビはまさにピチピチと跳ね上がっている。

            このライブ感!
            これこそがおいしさを増大させるのになくてはならないものでしょう!

            
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            次に訪れたのは、私もすでに何度か来ている港の魚市場。
            スタンドは4つくらいしかない、小さな市場だけれど、
            ここも漁師家族で経営。
            男衆が獲って来た魚介を、女衆が市場で売ると言う按配。
            スタンドの後ろには漁船が見え、
            船着き場にはおこぼれを待つカモメが群がり、
            ライブ感もひとしお!

            ただ、近海で獲れる魚介に限られてしまうため、
            時期により、魚のレパートリーが乏しいことがあるのが残念。
            でもこの時期はヒメジ、カレイ、タラ、イカなどなど、品数も豊富に。
           
            基本的に新鮮なものばかりだけれど、
            中には怪しいものもある、とFanFanは、
            自分の目で見て、自分で選んで指差したものしか買わない。
            これは、フランスの市場で大切なこと。
            
            そして「捨てる魚があったら猫にあげたいんだけど」と、
            市場のお兄ちゃんに交渉までしてしまう、うちのフランス人。
            すると、袋いっぱいの廃棄魚までお土産にくれる気前よさ!

            とりあえず言ってみた者勝ち、
            なのもフランスなわけですよ。


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            さて、今回買ってきたものといえば、
            魚介専門の漁師さんの家で、イチョウガニ(Tourteau・上の写真)と、
            日本ではスジエビと呼ばれているらしいブーケ(Bouquet)のエビ。
            ブーケはパリの市場でも生きて売られているのを見たことがあるけれど、
            なかなかの高級品。

            惚れ惚れするほど透き通った姿ながら、活きがよすぎて、
            写真を撮っている間にも何度も皿から外に飛び出すほど。
            3分ほどさっとゆでれば、ご覧の通り美しいピンク色に変身。
            殻を剥きながら食べるのがなかなか大変な割には、
            出てくる身は悲しいほど小さい。
            でも、ほんのりと甘みがある繊細なお味。


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            市場ではイカ(encornet)の他に巻貝のバイ貝(Boulot)。
            これは私の大のお気に入り。
            うちではチーズフォンデュなどで使う柄の長い串を使って、
            ぷるんと取り出し食べる。
            ねっちりと歯ごたえのあるやわらかい身に、
            ワタの苦味が口に広がったところで、
            私は日本酒の誘惑に喉をギュッと掴まれるのだけれど、
            白ワインでももちろんイケます。

            たいていこれらの魚介は、
            粗塩、粒こしょう、ブーケガルニを加えてゆでるだけで、
            素敵なアペリティフのお供に。

            FanFanが「今まで冷たくしたものしか食べたことがなかった」と言うくらい、
            フランスでは通常、冷たくして出すのがお決まり。

            私はいつでどこだったか覚えていないくらい大昔に、
            たぶん海辺に来たんだから魚介をたんまり食べよう!ってなもんで、
            1度だけ魚介の盛り合わせ(Plateau de fruits de mer)なるものを、
            レストランで頼んだことがある。

            山盛りに出てきた魚介の数々に最初は歓声を上げたけれど、
            皿を半分も食べないうちに減らない貝類にうんざり。
            野菜もついていなければ、
            延々に冷たい貝だけを食べ続けなくてはいけない状況って、
            正直、胃の中まで冷え冷えとしてしまう悲しさなのです。

            それ以来、魚介の盛り合わせなるものは、
            今後一生、レストランでは食べまいと思っている私。
            せっかく家で食べるんだから、温かいままで食べるのがオススメ。
            というか、温かい方が断然おいしいと思うんだけど、どうなんでしょ?

            とにもかくにも、この日は人間も犬も猫も
            (注;うちのアカントは猫と同じものを食べる)、
            みんなで魚介を堪能したことは言うまでもなく。

            新鮮な食材をシンプルに食べられる。
            これってとっても贅沢なことだと、つくづく思うのです。
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by yokosakamaki | 2011-10-22 03:09 | 秋のこと

りんごの収穫

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                   よくよく考えてみたら、
                   夏の間にノルマンディーで家の外に出たと言えば、
                   友達や親戚の家に夕飯をご馳走になりに行くか、
                   ちょいと買い物に出たぐらい。
                   近所にある海は、見事に一度も見ずに終わった。

                   こんなの田舎暮らしじゃな~い!!

                   というわけで、ようやく自由の身になったところで、
                   田舎暮らしっぽいこと、してみました。

                   “りんごの収穫”。

                   りんごの産地、ノルマンディーの田舎暮らしでは、
                   これは避けては通れないことでしょう。

                   と言っても、私が家の中に缶詰状態だった間も、
                   他の果物だって着々と収穫されていましたけれどね。


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                   たとえば、プルーンだとか、洋ナシだとか。

                   8月は雨が多かったノルマンディー(パリも)。
                   「今年の夏はなかった」というのはここ数年、
                   フランス北部で毎年繰り返されている話。
                   私はヴァカンスを除き、ほとんど外に出なかったため、
                   正直、どーでもいい話でしたけど。

                   そんな夏がないと言われる季節の中でも、
                   実をつけ、実を膨らませ、
                   収穫されていく果物たち。
                   私が家の中でウンウン唸っている間にも、
                   人々が天気にブツブツ文句を言っている間にも、
                   ちゃーんと自然は着実に前進しているわけです。

                   そうして迎えたりんごの収穫。
                   私は赤い長靴を履いて、
                   久しぶりに足を踏み入れた果樹園の色の変化にびっくり。
                   そこはすっかり秋の景色に変わっていました。

                   
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                   つい1ヶ月前までは、
                   まだ緑色だった果樹の葉っぱは黄色に変色、
                   それとは逆に、枝を垂らさんばかりに、
                   丸々と大きくなった実。
                   まるで果実が少しずつ、少しずつ、
                   生気を吸い上げて膨らんで行くにつれ、
                   少しずつ、少しずつ生気を吸い取られた葉が、
                   色あせて萎んでしまったよう。

                   私はりんごの木に登り、
                   周りを囲む一面の秋景色をぐるりと眺め、
                   秋の澄んだ空気を思いっきり深呼吸。
                   そしてふっくら膨らんだ果実を
                   ひとつひとつ、収穫し始めた。 

                   その、丸いりんごを手でつかみ、
                   くるっとひねって“もぐ”という行為は、
                   自分自身がまるで、サルになった気分。
                   はしごを使ってとはいえ、木に登り、
                   手をぐ~んと伸ばして果実をつかむ様子は、
                   手長ザルそのもの。ウッキー!

                   それとも原始時代の髣髴かもしれない。
                   太古からず~っと人間が行ってきた果実の収穫。
                   この基本動作は、人間が手で果物を採り続ける限り、
                   いつまでも変わらないものだろう。

                   せっせと収穫するりんごの中で、
                   うちで一番多い種類が、ボスコープ種(Boscoop)。
                   黄色っぽい表皮に、ほどよく酸味がある締まった果肉で、
                   生食も加熱調理にも向くスグレモノ。
                   FanFanの一押しのりんごなのです。

                   それにしても今年はノルマンディーでは大豊作だそうで、
                   片っ端からりんごをもいでも、もいでも、終わらない!

                                     
                                     
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                   そんなりんご収穫機と化した原始人を、
                   すぐ側で眺めているのは、うちの犬、アカントと、
                   ようやく1歳を超えた馬のアパッシュにポニーのルキー。
                   
                   アカントが側にいるのは分かるけれど、
                   馬たちも人間の側から離れないなんて、
                   なんて情深い馬たちかしら!とちょっと感動。

                   「この2頭、忠犬アカントみたい!」と言うと、
                   「りんごがもらえるから側にいるだけだよ」とFanFan。
                   そういえば、さっきから一部分だけ腐ったりんごを見つけては、
                   ポ~ンと柵で囲まれた馬の牧草地に投げ入れるFanFan。
                   やっぱり馬は犬ほど忠実ではないのね。

                   猫のミヌーもさっきまでトラクターの上を徘徊していたし、
                   昼寝から目覚めた子猫、プリュムとクロクロまでやって来て、
                   私たちがりんごの収穫をしている周りで、ぴょんぴょこ遊んでいる。

                   家族みんなが果樹園に集合した様子は、
                   りんごの木の周りをぐるりと囲み、
                   果実の収穫をみんなで踊って祝う、
                   まさに収穫祭さながら。

                   天の高い真っ青な秋の空の下、
                   徐々に傾く西日のやわらかい光が果樹園に充満している。
                   日に温められたりんごをもいでは、手に残るやさしい感触。
                   それは、これ以上ないほど完璧な、
                   穏やかで秋らしい田舎の1日でした。

                   ひとつ欲を言わせてもらえば、
                   動物たちもちょっとは収穫を手伝ってくれ!ということ。
                   それはまぁ、欲張りというものでしょうけれど。

                   “私は”収穫を手伝ったんだしさ、
                   ブログに載せるから、りんごのデザートをお願いしますよ、と頼むと、
                   「まかせとけ」とはりきるFanFan。

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                   そして、作ってくれたのが、
                   “りんごと洋ナシのクラフティ(clafoutis aux pommes et poires)”。

                   まったく、相変わらずです。
 
                   
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by yokosakamaki | 2011-10-16 03:05 | うちの果樹園

続・長男の運命

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                   朝、起きると、家の窓から中庭を眺め、
                   まずは子猫たちがちゃんとそこにいるのか、
                   確認するのが日課になった。

                   ミヌー母さんのように、
                   キッチンの扉の前でご飯待ちをしているのは稀で、
                   たいていは納屋の入り口に置かれたケースの上で、
                   中庭を反対側から眺めているか、
                   それともすでに中庭をぴょんぴょん走り回っていることもある。

                   たまに姿が見えないこともあるけれど、
                   猫たちの朝ごはんを持って外に出て、
                   「プチプチプチプチ~!」と叫べば、
                   一匹、一匹と顔を出し、
                   チョロチョロチョロチョロと集まってくるようになった。
                   そこで私は点呼をとり、
                   子猫たちが無事にみんな揃っていることを確認したものだった。


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                   もう点呼の必要もない、3匹だけになってしまった、
                   プリュムとクロクロ、そしてジョルジュ。
                   「プチプチプチプチ~!」と叫べば、
                   猛ダッシュで駆け寄ってくるまでに。

                   そして、食事を終えた子猫たちが自由に出入りできるように、
                   サロンの扉を開け放つのがいつもの段取り。
                   サロンに入ってきた子猫たちが、
                   部屋中を走り回り、取っ組み合いをするのを横目に、
                   私は仕事を始めるというわけです。

                   そして、遊び疲れると私の側に、
                   子猫たちがやって来るのもいつものパターン。
                   今や3匹とはいえ、3匹全員は膝の上には到底のりません。
                   私が座っている椅子の両脇にある椅子に、
                   膝にのれなかった残り2匹が陣取る形に。
                   “両手&膝に猫”とはまさにこのこと!

                   私は原稿書きに行き詰っては、
                   自分の周りを取り囲む、子猫たちの寝顔を眺めてニヤニヤし、
                   脳の凝りをほぐして、やる気を奮い起こしていたのです。


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                   そんな夏の終わり、
                   私たちは急遽ヴァカンスを取ることに決めた。
                   2週間、家を留守にするため、
                   さすがに猫たちの面倒を、
                   FanFanの実家にいる庭師さんに頼むことに。
                   彼が週2回納屋に通ってくれ、
                   猫のエサを補充してくれることを約束してくれた。

                   そして2週間後、家に帰って来たら、
                   再び事件が勃発していたのです。

                   “長男失踪事件!”

                   おぉ、ジョルジュ!どうしてまたまたあなたなの?


                   夜中に家に着いた私たちを猫たちは迎えてくれたものの、
                   なんだか1匹足りない、と思いながらとりあえず就寝。
                   翌日、起きてみると、やっぱりジョルジュがいない!

                   今までで一度だけ、朝起きるとみんながいないことがあった。
                   私は「プチプチ」叫びながら、納屋、中庭から果樹園までを歩き回り、
                   廃墟状態の温室の中で遊んでいたミヌー母さんと、
                   4匹の子猫を無事に発見。
                   みんなで一緒に家まで歩いて帰って来たのでした。

                   でも1匹だけいないのは初めてのこと。
                   FanFanはいつものごとく、
                   「数日したらひょっこり帰ってくるよ。猫はそういうものさ」と、のん気。
                   「猫じゃなくて、ジョルジュはまだ子猫なのよ!
                   1匹だけでどっかに行ってしまうなんてありえない!!」
                   と、私は家の敷地内をぐるぐると探し回った。

                   とはいえ、いついなくなったのか分からないのでは、
                   この広い広い田舎では、どうにも探しようがない。
                   とりあえず、庭師さんを捉まえてもらって、
                   子猫たちがちゃんと3匹いたのかFanFanに聞いてもらうことに。

                   夕方になってもジョルジュは帰ってこず、庭師さんも捉まらず。
                   私はプリュムとクロクロがいつも通りに無邪気に遊ぶ姿を、
                   ぼんやりと眺めていた。 

                   ジョルジュの里親になるケイラがヴァカンスで、
                   すぐにジョルジュを渡せないことを話すと、
                   「うちの猫は外で暮らしているんだからね。何が起こるか分からないから、
                   すぐに引き取ってもらえる人の方がいいよ」と言っていたFanFan。

                   やっぱり、もう1人の里親希望者にあの日、
                   引き取ってもらえばよかったのかも。 
                   本当にジョルジュがいなくなってしまったのなら、
                   ケイラもさらに悲しむだろうし。
                   それにしてもジョルジュはどこにいるんだろう。
                   もしかしたら事故に遭って、もう死んでしまったのかもしれない。
                   そしてなんと言っても、いつも心配していたことが、
                   実際に起こってしまうなんて!

                   そんな思いがぶよぶよと膨れ上がり、
                   パンパンになった頭を抱える私の側で、
                   相変わらず優雅にじゃれ合うプリュムとクロクロ。


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                   ねぇねぇ、君たちの兄貴がいなくなったんだよ。
                   ちょっとは心配してみたらどうなのさ。
                   
                   と思いつつ、もしかしたら、この子達は自分たちが、
                   6匹兄弟姉妹だったことも覚えてないのかも、と思い当たって、
                   本当に、本当に寂しくなってきた。

                   ノルマンディーの納屋で生まれ、自然の中で育った6匹の子猫たち。
                   ミヌー母さんと人間ホットカーペットに育てられ、
                   あれはほんの短い期間だったけれど、楽しい日々だったよね~、
                   と思い出話ができる相手もいないのかと思ったら、
                   いままでのいろんなことがすべて独りよがりな気がして、
                   すっかり脱力してしまった。

                   猫にとって大切なのは、ご飯がちゃんと食べられることと、
                   気持ちよく幸せに暮らせること、で、
                   その以外の諸々はたぶんどーでもいいことなのだろう。
                   何も語らず、飄々と生きる猫たちを見て、
                   感情と言うものを大いに持っている人間が、
                   あーでもないこーでもないと大騒ぎしているにすぎない。
                   さらに記憶というやっかいなモノも持っているため、
                   私みたいに勝手な感傷に浸ってしまうことになるのだ。

                   でも、仕方がありません。
                   私は些細なことで喜び、しょーもないことで悲しむ、
                   常に大騒ぎな人間のひとりなのだから。
                   猫にとってどーでもいいことは、
                   人間にとっちゃどーでもよくないのだ。

                   とにかく今はジョルジュのこと。
                   まったく、どこに行っちまったのさ!


                   そして夜になり、やっぱりジョルジュは帰ってこない。
                   私はFanFanと話し合い、
                   とりあえず、“ジョルジュ失踪”をケイラに伝えるのは、
                   もう少し待ってみることにした。
                   
                   いまいちよく眠れないまま、ベッドの中で決心したこと。
                   とりあえず、パン屋さんに“迷い猫”の張り紙をしてもらうこと、
                   それから近所の人々の家にチラシを配ってもいい。

                   などと翌朝、考えながら、2階のバスルームで顔を洗い、
                   ふと窓の下を見ると、猫が1匹、2匹、3匹・・・、

                   4匹いる!!

                   と思った途端、階段を駆け下り、外へ飛び出た。
                   ミヌー母さんに寄り添って甘えているジョルジュをむんずと掴まえ、
                   ひしっと胸に抱きしめてFanFanを探した。

                   「ジョルジュが帰ってきた!ジョルジュが帰ってきたよ!!」


                   もはや一刻の猶予もならぬと、
                   その日のうちにジョルジュを山小屋へ連れて行き、
                   ケイラに連絡をし、翌々日にケイラの店に連れて行くことを約束する。


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                   いつも通り、山小屋での濃厚な別れの儀式。
                   そういえば、ジョルジュは3回も山小屋にやってきたんだね。
                   今やバッチリ目も治り、すっかり男前になったジョルジュは、
                   婿入り準備も万全。
                   私の膝の上でゴ~ロゴロ、フ~ミフミの、
                   一連の“愛されたい”動作を繰り返している。

                   まぁ、いいや、と、
                   そんなジョルジュを眺めながら私は思う。

                   君たちが、6匹で生まれ育った、
                   ノルマンディーの日々を忘れてしまっても、
                   私は絶対忘れないからね。

                   今後も写真を見返しては、
                   なんだか大騒ぎで、それでもほんわりと温かだった、
                   6匹の子猫と過ごした日々を思い出し、
                   幾度となく幸せな気分に浸るだろう。
                   
                   それが、感情的で感傷的な、
                   人間というものなのだから。



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by yokosakamaki | 2011-10-10 19:32 | うちの猫物語

家猫か、外猫か

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         ノルマンディーの田舎の人々は、
         私たちがパリに子猫を連れて行くと話すと、
         「狭いアパルトマン暮らしなんて、猫がかわいそうだ」
         と言う人もいた。

         猫を飼っていても、飼い猫に避妊手術もせず、
         生まれたばかりの子猫を殺してしまう人だっているのが田舎。
         自然の中で伸び伸びと暮らしていたって、
         ひどい人間に出会えば、やっぱり猫がかわいそうだ。
         
         私は、子猫たちが生まれる前は、猫というものは、
         お腹が空いた時や甘えたい時だけ、猫なで声でやってくる、
         もっとクールでドライな生き物だと思っていた。

         でも、子猫たちを見ていると、
         彼らには本当に“愛”が必要だということがとてもよく分かる。

         子猫たちをパリの里親に連れて行く前、
         小さな山小屋で一緒に過ごすのが、私たちの別れの儀式になった。
         初めてミヌー母さんから離され、第2の母さんしかいなくなった、
         子猫たちの甘えようといったら、
         愛されたくってどうにも止まらない!といった感じ。
          
         私の膝の上にのり、のどをゴ~ロゴロ、ゴ~ロゴロ、
         両前足をフ~ミフミ、フ~ミフミと、いつまでもし続ける。
         私の目をじっと見つめ、まるで“愛をください”と身悶えているよう。

         猫がのどを鳴らす音は、ミヌーが授乳をしているときに初めて聞いた。
         サロン中に響き渡る不思議な音に、
         私は子猫たちが母乳を吸い込む音だと思い、
         さすがに6匹もいるとすごいなと感心して聞いていた。

         その後、私の膝の上にのっている時でも聞こえるようになり、
         初めてそれが“猫がのどを鳴らす音”だということが分かった。
         したがって、うちの子猫たちは6匹とも、
         ものすごい音を立ててのどを鳴らすのです。

         家の中に閉じ込められ、全身で甘えてくる子猫との山小屋暮らしは、
         私にとっても初めてのこと。
         FanFanには内緒で、ベッドの上で一緒に昼寝をしたことも。
         私の顔のすぐ側でひっくり返って寝る子猫との親密さと言ったら!
         まるで自分まで猫になったみたい。
         限られた空間内で過ごす、
         それはそれは濃厚で凝縮した子猫との日々だったわけです。

         でも、いくら親しくなったところで、
         山小屋暮らしは私と子猫との別れの儀式。
         そして皮肉なことに、うちに残った子猫、プリュムとクロクロとは、
         山小屋に連れて行くことがない限り、経験しえない親密さでも。

         そして、この濃厚な関係が、
         家の中で猫を飼うと言うことなのだとつくづく思った。

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         ノルマンディーの家は、住人しか通らない細い道に面していて、
         道路沿いは大きな門と2メートル以上ある高い石塀があり、
         その左右を家と納屋で囲んだ中庭がある。
         その後ろは果樹園と馬たちがいる牧草地。
         隣の家は別荘のため、たまにしか人がおらず、
         反対の隣は畑になっているという、本当に田舎。

         したがって、子猫たちが外で暮らすということができる環境にあるということ。
         そもそもミヌー母さんは外で暮らしている猫だし、
         母猫と一緒に外で暮らすというのは子猫たちにとって当然のことだとも思う。

         ミヌー母さんは私が子猫たちに開放したサロンに、
         授乳しに来ては、終わるとすぐに外へ出て行ってしまう。
         子猫たちは大きくなるにつれて、
         サロンに勝手にやって来ては、勝手に出て行くようになった。
         日によって来ない子猫だっていた。
         
         確実に外へ出て行ってしまうのは、
         獲物をくわえたミヌー母さんの、みんなを呼ぶ鳴き声がする時。
         その時は、いくら私の膝の上で寝ていても、
         みんな一斉にあっという間にいなくなる。
         そして、独り残された私はちょっぴり寂しい思いをしたのです。

         外の世界で芝生の上を駆け巡り、兄弟たちとゴロゴロ転がって取っ組み合い、
         木をグイグイ登る子猫たちは、本当に楽しそう。
         家の中でテーブルに上っちゃダメ、植木鉢に上っちゃダメ、
         と言われて暮らすより、どんなに自由か。

         でも自由であるということは、リスクがあるということでも。
         長男のように病気になってしまうこともあるし、
         ある日、突然姿を消してしまうことだってあるでしょう。

         それでも、自由を与えられる環境にあるのならば、
         私はやっぱり猫たちに自由を与えてあげたいと思うのです。
         そして、それは週の半分をパリで暮らす、
         私たちの自由でもあるのだから。
        
         うちの犬のアカントは猫のようには放ってはおけないので、
         毎週、FanFanの実家に連れて行き、面倒を見てもらう。
         でも猫たちは、納屋にたっぷり食料を置いておけば、時々狩りをして楽しみつつ、
         人間がいなくても好き勝手に暮らしていくことでしょう。
         人類が滅亡しても生き延びることができるのは猫、とも友達が言っていた。 

         家の中でも、自然の中でも、
         どこでも適応して生きていけるのが猫なのだと思う。
         そこに“愛”を与えてくれる人間がいれば、
         猫は十分に幸せに生きられるのではないでしょうか。 
         そして猫たちも愛をもらった分、
         私たちに愛をちゃ~んと返してくれるものだとも思うのです。       


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by yokosakamaki | 2011-10-08 18:52 | うちの猫物語

長男の運命

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         遡ること、次女の輿入れの日。
         私はキャリーケースに次女を入れて、
         パリ郊外に住むマダムの家へ行く前に、
         パリの友達、ケイラの店に立ち寄った。

         彼女の店には巨大な猫、セクメットがいるのだけれど、
         「うちの猫も高齢だからね、子猫をもらってもいいかもね」
         と、私が連れて来た小さな次女を愛おしそうに抱っこ。
         そして、店の上にあるアパルトマンに、
         セクメットが子猫にどう反応するのかを見に、次女を連れて行ってみた。
         店に戻って来ると、「やっぱりセクメットの負担になっちゃうかも」と、
         子猫を引き取ることを断念した様子。
         
         その時はその2週間後に、
         まさかセクメットに癌が発見されるなんて、
         思いもしなかった。

         3週間後、ケイラと話すと、
         すでに入院中のセクメットは、もう食べ物も受け付けないとのこと。
         ケイラは「チューブをつないでまでして生かしたくはない」と、
         その2日後に、14年間一緒に暮らしてきたセクメットと、
         お別れをする覚悟を決めていた。

         そして次男の婿入りの日。
         私は長男の片目が完治していなかったので、
         里親希望の人とお見合いをされるために、
         長男を一緒に連れて来ていた。
         不思議なことに、その里親希望者はケイラの店と同じ道の住人。

         私は里親希望者の家に行く前に、
         前日にセクメットと別れたばかりのケイラの様子を見に、
         彼女のアパルトマンを訪れたのだった。

         家にはケイラの旦那さんもいて、左右の目の色が異なる長男を見せると、
         少し2人で話し合っていたけれど、
         遠慮がちに里親になることを申し出てくれた。

         私にとってこんなにうれしい縁組はありません!
         まずは長男に無事に里親が見つかったこと、
         そしてケイラが子猫によって元気を取り戻してくれるだろうこと、
         なんといっても、ケイラの店に来るたびに私も長男に会えること!

         すぐに同じ道に住む里親希望者に電話をし、
         正直に状況を説明。
         私としては自分の猫を失ったばかりの友達に、子猫を譲りたいと話すと、
         里親希望者も快く承諾してくれた。

         すでに新しい自分の家の中を散策し、
         旦那さんの傍に陣取っていた長男。
         旦那さんによって、ジョルジュと名づけられる。

         ただひとつ問題が・・・。
         その2週間後に2週間のヴァカンスに出てしまう2人。
         すぐに引き取るのは難しいとのこと。

         仕方がありません。

         じゃ、ジョルジュ、
         後1ヵ月、ノルマンディーの家で一緒に暮らそうね。 
         

                           
                 
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by yokosakamaki | 2011-10-05 16:09 | うちの猫物語

ノルマン猫、“パリにゃん”になる

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                   実は、長男の片目事件が勃発した時には、
                   すでにパリ郊外に住むマダムが里親に名乗り出ていた。

                   マダムが4匹の写真の中から選んだのは、長女。
                   しかし、長男と同じ症状があって治療をしなくてはいけないから、
                   次女ならばすぐに渡せるということを伝えると、
                   次女でも問題ないとのこと。
 
                   そこでマダムの家に連れて行く次女の他に、
                   薬を飲ませて目を洗い、目薬を点さなくてはいけない長男と長女を、
                   3匹まとめてパリ近郊にある山小屋に連れて行くことになったのです。

                   6匹が一緒に過ごす最後の日、
                   「もう6匹もの子猫を膝の上に載せることはないんだわ」、
                   となんだかおセンチな気分になって、
                   みんなを膝の上に載せてみた。

                   大きくなった子猫たちは、
                   この頃になると膝の上に載るのも4匹が限界。
                   6匹も久しぶりに載せると、やっぱり長くは留まっておらず、
                   次女が一番最初に降りて行ってしまった。

                   そう、子猫たちが巣立つ時が来たのです。


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                   翌日、子猫を運ぶために友達から借りていたキャリーケースに3匹を入れ、
                   トイレ用砂とミルクとともに車に乗せてパリへ出発。
                   出発してから長い間、車の中でミャーミャー鳴いていた3匹も、
                   鳴き疲れたのか後半は静かに寝ていた。
                   そのまま吐くこともなく、無事に山小屋に到着。

                   さすがに山小屋では庭に子猫たちを放すわけにはいかず、
                   小屋の中でケースから出してあげる。
                   といってもワンルームほどの小さな小屋ですから、
                   大人2人に子猫3匹もワラワラしているとかなり狭い!

                   寝るときは大きなプラスチックケースを2つ重ねて外に置き、
                   子猫3匹はそこで寝てもらうことにした。
                   次の日、療養中の2匹を残し、
                   再びキャリーケースに次女を入れてパリに向かう。

                   パリ郊外のマダムファミリーへ伺うのは2度目で、
                   次女を届けるのもすんなり。
                   とてもやさしい人々だから、何も心配はしていないけれど、
                   空っぽになったケースだけを持って帰る道のりでは、
                   心の中にもぽっかりと小さな空白ができたような気分。

                   数日後、すでに全快した長女と、
                   少しだけ目が開いてきた長男を連れてノルマンディーに帰ると、
                   次男のプリュムが巨大化していてびっくり!
                   おまえら、人間のいない間に何を食べていたんだ!てな感じ。

                   それもそのはずで、6匹で分け合っていたミヌーの母乳&ネズミ&エサを、
                   その半分の3匹で食べていたんだから、一気に巨大化するのもあたりまえ。
                   今やプリュムは病気の長男の2倍はあるんじゃないかというほど。
                   誰が長男なんだか、分からなくなってきた!


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                   次に里親が決まったのは、三男。
                   すでに世の中はヴァカンスに入ってしまっていた頃、
                   仕事や雑用、すべてのことに支障が出るのは毎年の事ながら、
                   子猫を渡すのも里親のヴァカンス待ちに。

                   したがって三男をパリに連れて来た時は、すでに生後3ヶ月のこと。
                   猫用キャリーケースもヴァカンスで借りれなくなり、
                   今回からはFanFanお手製のケースを使用。
                   実はこのカゴは、ノルマンディー地方で、
                   シードル用のりんごを収穫するために使われる物。
                   って、これじゃあ完全に、おのぼりさんじゃないですか!

                   なぜ、長男も一緒にパリに来たかと言うと、
                   完全に目は開いたものの、やはり眼球に膜があるようで、
                   まだ目の色が違って見える状態のため。
                   里親希望の人と今日はお見合いなのです。

                   パリ17区に無事に三男を送り届け、9区で長男の見合いをさせる。
                   すでに大きくなっていた三男と、それよりはまだ小さい長男ながら、
                   3ヶ月の子猫2匹を持って歩くのは、私の腕がもう限界。
                   でも、再び長男を連れて帰って来たため、
                   次女の時ほど心の空白はできずにすみました。

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                   三番目は長女。
                   相変わらず、おのぼりチックなカゴに長女を入れ、
                   メトロに乗ってパリ郊外へ。

                   それにしても、何か思ったら口に出さないと気が済まない、
                   というのがフランス人だけれども、
                   こんな風に子猫を持ってパリをウロウロしていると、
                   いろんな人から声を掛けられること、声を掛けられること!
                   さらに子猫はカゴの中でたいてい鳴き続けているため、
                   メトロの中でも注目を浴びることは必至。

                   すれ違いざまに「子猫だよー」と振り返る子供から、
                   鳴き声を聞いて発信源を探すマダムに子猫を見せてあげたり、
                   メトロの前の席に座ったムッシューは子猫を見てから、
                   私を見、にっこり微笑みかけてくれる。
                   メトロ内でカゴを持って立っていたら、
                   席が空いたことを教えてくれる人もいた。

                   路上で会ったヒップでホップな黒人のおにいちゃんは、
                   「それはうさぎか、猫か?」と聞いてきて、
                   「子猫だよ」と答えたら、
                   「子猫か、いいね、いいね~」とヒップホップしながら去って行ったっけ。

                   そんな、街中で出会う人々のうれしそうな顔を見ていたら、
                   私はみんなを喜ばせる小さな贈り物を持って歩いているようで、
                   とても幸せな気分になった。
                   みんなを笑顔にさせる“子猫配達人”、副業にするのも悪くない。

                   そして、なんといっても一番喜んでもらえるのは、
                   配達先である子猫の里親になる人だろう。
                   突然家にやって来た小さな生き物と、
                   最初はおっかなびっくり、でも徐々に親しくなっていき、
                   最後は笑みを浮かべて触れ合う様子を見ていたら、
                   ノルマンディーからはるばる連れて来た甲斐があったというもの。

                   ミヌー母さんと私が愛情深く育てた子猫たち、
                   みんなやさしくて、人懐っこい子になりました。
                   自信を持ってお届けします!
                   
                   とはいえ、帰り道にはどうしても空いてしまう、
                   心の空白さえなければいいのだけれど。


                   さて、残るのは長男だけです。
                   


                   
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by yokosakamaki | 2011-10-01 23:26 | うちの猫物語