黒いアンティークミシン
話の発端は、FanFanがやたらとファスナーを壊すことにあった。
そんなにすぐにファスナーだけを壊していては、
服修繕屋さんに持っていくのも馬鹿にならない。
「ミシンさえあったらね、私が直してあげるのに。
でも古い、美しいミシンじゃないとダメよ」
と、大口を叩いた私。
その数日後、FanFanが実家の庭師さんと一緒に、
突然、小さな家具を運んできた。
なんと実家からミシンをもらってきたと言う。
上に載っている蓋を開き、
中に倒れた形で入っている重~いミシンを取り出してみると、
それは黒いアンティークミシン!
それもすばらしくいい状態で、ほぼピッカピカ!
聞けば、FanFanのお父さんのお母さんであり、
FanFanのおばあちゃんが使っていた物だそう。
おばあちゃんが亡くなってから、
FanFanのお母さんは裁縫をする人ではないので、
約40年間、使われないまま物置に置かれていたとか。
シンガーミシンの型番は191B。
調べてみると、1950年代に製造された物らしい。
家具の中には足踏みもついているけれど、
モーターもつけられていて電動になっている。
しかし当時のフランスは120Vだったそうで、
現在の220Vに合わせて変圧器を使わなければいけないとのこと。
さらには、40年も使っていなかったため、
果たしてちゃんと動くかが問題だとか!
まあ、見てみましょう、とサロンに置いたのが春先の話。
その後、子猫たちは遊び場として使ってくれたけれど、
ミシンは手付かずで放置されたままでした。
そしてあっという間に秋。
本当はレースのついたアンティークのテーブルクロスが欲しかったのだけれど、
パリの蚤の市でマダムと話していたら、
繊細なアンティークレースは使ったらクリーニングに出し、
糊付けをした方がいいと言われ、
悩んで悩んだ末に、あきらめることに。
だって多いときは毎週のように誰かが夕食にやって来るうち。
ワインやソースなどで必ずや汚れるテーブルクロスは、
毎回洗濯しなくてはいけないのに、
その都度クリーニングなんかに出してはいられません!
「ほとんど使っていない状態だから、新品同然よ」というマダム。
前の所有者も、美しすぎるテーブルクロスを大事にするあまり、
日常的に使えなかったのだろう。
ううむ、と唸りながら回った蚤の市で、
ふと、生成りの生地を見つけ、
よし!とテーブルクロスを自分で作ることにした。
そうです。アンティークミシンの始動です。
FanFanがモーターを動かし始めると、
ちゃんと動いているのに、はずみ車が回らない。
そこでオイルを注しながら、手で回し、電気で回し、
と根気よく繰り返していると、徐々に回り始めた。
他にも下糸用ボビンを作るための巻き軸が回らなかったり、
布を押さえる押さえ金が下りなかったり、
ミシンのいろんな部分が硬直していた。
そりゃそうだ、40年間眠っていたわけだから、
動かすにはリハビリが必要。
ミシンのところどころに空いた穴に、
オイルを注しながら動かしていると、
眠りから少しずつ覚めるように、
全体が少しずつ動き出し始めた!
外に出てきたオイルをふき取りながら、
ミシンをキュッ、キュッと磨いていたら、
その黒光りする美しさにほっこり愛情も沸いてくる。
考えてみると、今の家電製品はほぼ使い捨て状態で、
一家で1台を一生かかって使い切ることは皆無。
ましてや今、うちにある電化製品が今後大事に保存され、
40年後、見知らぬ人に使ってもらうことになるとは到底思えない。
いやはや、まったく、
遠いところから、よくぞうちにやって来てくれました。
中に一緒に入っている、小物類も当時のそのまま。
昔ながらのイラスト入りの取り扱い説明書、
シンガーの箱に入ったミシンキット、
シンガーの名前入り、足踏み。
FanFanのおばあちゃんが丁寧に扱っていたことが伺えるよう。
さて、ミシンには問題がないことが分かったけれど、
次なる問題といえば使用者の腕!
フットコントローラーを踏むと、
なかなか縫い始まらず、踏みすぎると突然猛スピードで縫い始める。
この加減がなかなかつかめない。
スピードが出ると縫い目も揃わず、およよ~となり、
慌ててまっすぐ縫うことも、ままならなくなる。
あれ?ミシンってこんなに大変なものだったっけ?
思い起こせば、昔パリに住んでいた時も、
その後、東京に住んでいた時も、
部屋のカーテンは自分で作っていた私。
なぜならば、私はカーテンの“ひだ”というものが苦手で、
なんだか重苦しいし、暑苦しいし、
手持ち無沙汰でヌボーとぶら下がった状態は、
狭い部屋に融通が利かない、むさ苦しい大男が立っているみたい。
したがって、たいてい生地を買ってきては、端を縫い、
窓の木枠に画鋲でピシッと貼り付けて、カーテンにしていたのだ。
でも一人暮らしでミシンは持っていなかったし、
そういえば今までは、手縫いの地道な人生でした。
そうなると、ミシンを使ったのって、
親と住んでいた時なわけで、それって高校生の時のこと?
もしかしたら、体育祭のダンスの衣装を縫うのに、
たぶん母親に手伝ってもらって夜中までやっていた時が最後?
わあ、すごい話になってきた!
ちなみにこのシンガーミシンのフットコントローラーはこんな形。
下に2つのボタンがあり、右側は固定されていて、
左側を踏めば動くというもの。
私が大昔使った、母親のミシンのコントローラーは、
足の裏全体を上に乗せる形で、
つま先側を踏んで使うものだったと思う。
したがってこのコントローラーもつま先をボタンの上にのせ、
ほとんど足の親指で踏んでいた。
そりゃ、あなた。いくら器用な人でも、
足の親指では力の加減もうまく調節できないというもの。
よく形を見たら、これってもしかして、
かかとで踏むものなのかしら?
と、かかとで踏み始めたら、徐々に加減ができるようになり、
テーブルクロスに続いてナプキン9枚までも縫ったら、
コツがなんとなく分かってきて、
わ~い、とっても楽しくなってきた!
今後は、蚤の市でアンティークレースを買ってきて、
テーブルクロスとナプキンにつけるつもりなのだけれど、
それを待っていたら完成がいつになるかわからないから、
これはこれで、もう使い始めてしまうのだ。
そうそう、肝心のFanFanのファスナーも直さなくてはいけません。
それにしても、久しぶりに聞いたミシンの音は、
なんともやさしく心地よいもの。
ウイーンとモーターが回り始め、
ジーと針がゆっくりと上がってゆく。
続いてカタカタカタと縫い始める軽やかな音。
なんでこんなにも心地よく聞こえるのだろうと思ったら、
それは私が小さかった頃によく聞いていた音だからだ。
洋服からいろんなものを作ってくれた、
母親がかけていたミシンの音。
それは心の隅っこにやさしく触れ、
ほんわか温かな気持ちにさせる、
素朴で懐かしい音なのです。
ところで、
さっきから気にはなっていたのだけれど、
それは君の物ではありませんから。
by yokosakamaki
| 2011-11-11 23:08
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